伝教大師 最澄(でんぎょうだいし さいちょう)
最澄は、短期間に天台宗の宗旨(根本の教え)を深めましたが、その宗旨を略記すると次のようになります。
中国の天台宗の祖、天台大師 智(ちぎ)は、彼の開発した学説に基づき「法華経」だけが円教(完全・究極の教え)を説くとします。
その理由は、釈尊は
『悉有仏性(しつうぶっしょう)とも悉皆成仏(しっかいじょうぶつ)ともいって、すべて存在するものはそのままに仏のいのちを持っているという真理を悟られました。
したがってすべての人間は肉身のままに成仏できるという即身成仏の思想に推進展開されます。
即身成仏の思想をどの経典よりも「法華経」が完全に説くから「法華経」こそ円教である。』とするのです。
智から即身成仏の教義を受け継いだ最澄は日本に帰ってからこの教義を次のように信仰心にまで深めます。
『「法華経」のすぐれた力ですべての人が現在の肉身のままで、ただちに真理に目覚めた人間(仏)になれる…』と教えます。
思想や理論の線にとどまっていた中国天台の教えを、一般人の信仰心にまで導入した点に、最澄のすぐれた宗教性が讃えられるのです。
日本天台宗の立宗
最澄は、この「中国天台の円教」のほかに「牛頭山の禅」と「密教」とさらに「大乗の戒律」のいわゆる「四宗融合」の思想を抱いて帰国し、比叡山にこの四宗融合の日本天台宗を開きます。
中国の天台宗が「法華経」だけによる立宗(宗派を立てる)と異なり、綜合仏教の内容を持つ点にその特徴があります。
天台宗は別名を「法華円宗」とも「天台法華宗」とも呼ばれるのは天台宗の教義の根本が「法華経」に依っているからです。
「円宗」は円教(完全な教え)の宗旨の意味です。
最澄は、天台・禅・密教・大乗戒の四つの仏教思想の融合を基としますが、その根本は「法華経」にあります。
最澄は「経文を読誦するときは仏の説法を聴聞する心構えでなければならぬ。無仏の世にさとりを得る方法は、それ以外にない」と説きます。
道心ある人を国宝とす。
最澄のめざす人材とはどのようなものであるかは、最澄の著書の「天台法華宗年分学生式(山家学生式と約す)」に明らかです。
この書は山家(天台宗)の学生(仏道を学習する僧)を養育する理想、教育方法を示すものです。
その冒頭の
『国宝とは何物ぞ。
宝とは道心(仏道求道の心を持って社会のために活動を志す)なり。
道心有る人を名づけて国宝と為す。
故に故人の言く
「径寸十枚 是れ国宝に非ず。
一隅を照らす 此れ則ち国宝なり」と。』
は有名です。
道心を具える国宝的人物の養成を目標とし、また自分が道心を具える国宝的人物になることを目標とする最澄の思想が表現されています。
「一隅を照らす」という言葉は広く知られていますが、一隅にあって世の中を照らしている人こそ国宝です。
原始仏教では自分だけのさとりを求めて修行しますが、自分一人だけの開悟を願うのは誤りであります。
我がさとりを願い求め、仏道修行しながら、自分だけでなく他の苦悩と共にしつつ仏道を修行するのが正しいとするのを大乗といいます。
この大乗の道心を持つ人こそ国宝です。
道心は自分を輝かすだけでなく、他をも明るくし幸せにするからです。
具体的にいえば
「仏道を求めるこころを常に抱いて よく発言し よく実行するなら 自然に一隅を照らす智慧と徳とが具わる」のです。
道心をこころに深く蔵して 指導力ある人間たらん。
参考文献…松原泰道著「法華経人生論」